本質の表現するこの美しい世界が、ありのままの姿を灯しますように。
最愛の訪問者であるあなたに感謝と愛を捧げますಇ

Live to enjoy.

「生命は楽しむために。」

人間界では年が変わり、新年の挨拶が飛び交う時期でした。
この世界の私は、西暦というものに距離を持って生きているので
カレンダーでの祭りごとやお祝いは避けて通るのが好みですが、

明確な意図を持って抵抗しながらも
年末となれば、肉体はせわしなく働き、
新年の挨拶に花を咲かせてしまうこともあり、
それらは、この世界に分離が無い事をみる絶好のチャンスだと
感じています。

様々な人間の行動は、私たちに根付いた習慣でもある訳ですが、
それだけではありません。
 
たった一つの指先から描かれた世界には、
分離がないからこそ共振性や同調圧力が働くので、
簡単に言えば、同じ袋の中での振動はどんなに離れていても、
確実に伝わるということなのです。

山へ登るのも海で泳ぐのも、自身の判断であるようで、
ただその様に描かれた表現を鑑賞しているだけ。
そこにはもちろん、誰誰という人格の存在すらありません。

つまりは、私たちのやることなすことの全ては、
人格が選んでそうなっているのでは無いので、
そこに対抗しても、意味がないということ。

ですから対抗して苦しむのであれば、
気づいた者から降参して、
もっと楽に生きましょうよということです。

これはいろいろな人が言っていますが、
人の生命というのは、楽しめたらそれだけです。

たのしむことが最終のゴールです。

苦しみと向き合い疑い続け、
とことん突き詰めた人たちが口を揃えて
そう言うのだから間違いありません。

逆境であろうと困難であろうと、
問題はその中に無いことをいつも伝えていますが、

私たちは、起きたことを受け止められない事に
永久に苦しんでいるだけで、
目の前にはいつでも、ただありのままがあるだけです。

「この世界は常にいまの状態で完璧」というのも、
そこから生まれる表現です。

反発が起こるのならただそうであるだけ。
受け入れが起こるのも、ただそうであるだけ。

いま目の前の瞬間‐“垂直的なわたし”には
惑わしも嘘も、ひとつとありません。

私たち人間も、他の生命同様に
この地球で、ありのままを楽しめますように。

旧暦の新年明けましておめでとうございます。

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