Break the Limit

「限界を外す。」

大抵のひとたちは、自分はなんでも知っていると感じています。
目に見ていることが全てで、計算すれば何でも答えが出ると考えるからです。

なので、自分の中心にすべてがあることを知りません。
すべての存在に0地点(無の意識)があって、
そこから世界をうごかしていることを知りません。

全て分かっているという気持ちが、中心に戻ることを止めてしまうからです。

変なこと書いているな。と思うかもしれませんが、
実は、答えを何でも知っているというのは、何も知らないことと同じです。
知っている。という限定の中にあることが、限界に敷かれた理解にあるからです。

実際に私たちが熟知しているのは、
人間界で決められたとても狭い世界の話だけです。
それは自然の原理ではなく、作られたルールを熟知しているだけなのです。

ですが散々この狭い世界を渡り歩いてきたおかげで、
これ以上同じ所に留まっていても良くはならないことを、
人類は自分の感覚に少しずつ気づきだしています。

物質的な何を手にしても面白くなかったり、
これまで好きだったことに対して楽しめなくなったというのは、
意識が広がっているというひとつのサインだと思ってください。

狭いルールのキャパシティから、
無限のキャパシティへのシフトチェンジが、
意識的に生きようとしている人へと、盛んに促されているからです。

これからは「何も知らない」という認識が、知ることを許します。
つまり限界に敷かれていないということが、
無限の広がりを許可することに繋がります。
まず両手を空にしなければ、宇宙の叡知が有効にならないからです。

さて、ここからが今日のポストのメインです。

出来事には、必ず陰と陽という完全な逆の性質を持つものが混ざり合っています。
この世界が、動と不動とが連合して為されているように、
宇宙の根本的な法則として、影とひかりが/表と裏が、
一緒になって初めて新しいことが生まれるという仕組みだからです。
常に普遍的な調和の中で、私たちは存在しているのです。

ですから、宇宙には分割するという方法は存在していません。
愛というのは分割出来ないからです。

では、視点を縮小させて私たち人類を見てみるとどうでしょうか。

例えば1つのケーキを2人で分ける時、私たちは半分にカットします。
これは、ひとつのものをみんなで分け合っている。
という考え方に基づいて生まれる人間同士の自然な行動です。

ここで注目するのは、思いやりや分け合いの精神ではなく、
私たちの人類の基盤となる計算式は、ひとつのものをみんなで分け合う。
という考えに基づている。というところです。

この考え方は、すべての行動を分割させることを維持させている計算式です。
つまり、これが私たちの頭にインプットされている行動の限界の範囲です。

ケーキですと分かりずらいかもしれないので、1人の子供で見てみると。
お父さんは子供のHanaちゃんと2人で動物園へ行きたい。
お母さんは子供のHanaちゃんと2人で映画に行きたい。
この様に願いが分かれた時、
“ひとつのものを分け合う”という考え方に基づいて考えれば、
1人の子供を2人で分け合うことは不可能です。

そして地球では、お互いに思いやりが持てなければ喧嘩となったり、
エスカレートしてしまうと裁判となったりします。
これが私たちの持つ分割するという行動の限界の範囲です。

ですが宇宙の計算式を用いれば、そこには決して衝突は生れません。
お父さんの世界の子供のHanaちゃんと、
お母さんの世界の子供のHanaちゃんが居るからです。

そこには2人のHanaちゃんがいるので、分割する必要はどこにもありません。
なぜならば、2つの方向からの視点では2つの世界があり、
100の方向からの視点では、100の世界があるからです。
地球に100人いるのであれば、100通りの違う世界があるという事です。

宇宙という空間は、無限の愛なので分割するのではなく、
別の空間を新たに広げられる場所なのです。

この話を聞いてそれはあり得ないと感じてしまうのは、
人間の作った調和から外れた世界に、
私たちが完全に染まってしまっているからです。

もしこの様な事を薄々気づいていたとか、
知って開放感で心が軽くなるようであれば、
その感覚がこれからの柱となるありのままの自分の姿と見てください。

私たちは、意識そのものがメインなので、
意識の束縛は、創造の限界となってしまいます。
これが私たちにとってどれだけ苦しいことか。

先ずはこのようなルールに縛られていた。ということを自ら気が付かないと、
次のステップ(無限のキャパシティ)へは進みづらいらしいのです。

上に書いたように人類には、
自然の原理とは全く異なった“作られたルール”があります。
これは私たちが、物質メインの世界を色濃く見るようになってから始まったことで、
調和(生命の自然な姿)から外れさせて、見えない『分離』を促すことです。

『分離』という行為は、つまりはハートへの感覚を閉じさせてしまうこと。
思考優位の視野では、いつでも常に情報や記憶に繋がれているので、
とても狭く閉鎖的な空間の行き来きとなります。

振り返ってみても、
こんなに苦しい生き方をよくここまで頑張ってきたと思うので、
地球人は全員、極限まで鍛え抜かれたアストリートです。
(たぶん日本人の精神性は、そのもっと上を行くと思います。)
みなさん採点評価も激辛なので気が付いていないかもしれませんが、
とても強いんです本当は。自分を誇りに思って良いと思います🌈

このようなメッセージが私のところにも表れて来たということは、
私たちの意識の変容の、大きなサインなのでしょう。
『分離』の加圧から解放されていく過程をただ見守りましょう。

ちょっと話を巻き戻り。
これまで私たちが慣れ親しんだ分割するという方法は、
愛を分離させるということです。
表か裏のどちらかを選ぶということです。

すればどちらか一方に偏ってしまうので、必ず調和は乱れます。
前にも書きましたが、波の様な起伏のある世界が、この世界です。
ひかりが差すところに影が生まれ、影が生まれるところにひかりは差し、
姿かたちとしての私たちの物語は営まれています。

その中で影だけを抑える働きをしたり、もしくは光だけを注ぐため、
真っすぐ平行な道へと作り変える努力をすれば、
調和として循環できないエネルギーの爆発が必ずどこかに起こります。
それが目に見える形で身体を・そして地球と、
地球全体の生命を痛めつけてしまいます。

世間で起きる様々な問題にしても、根本的に見れば当事者に問題があるのではなく、
全体で積もり積もった、押さえつけのエネルギー抜けが、
とある肉体を通して表れたということ。自身を含める対象物を責める代わりに、
調和を生きていこうと今決意することができます。

ずっとウキウキしていられたら。ずっと楽しい気分でいれたら。
この様に願うことは、きっと誰もが幾度とありますが・・・🌟
動を見るための世界では、天気と同じように感情も変化を持ちます。

常に変化することでバランスを取っているので、
エネルギーの循環は、そのままでとても上手くやっています。

穏やかに見える方にも、その中では感情の波は動いています。
ただ、感情はコントロールできないこと。
そして原因は外側の出来事には無いことを深く理解しているので、
無駄な心配はせず、通り過ぎるのを静観することが出来ます。

心に平和をみるので、世界も平和となるのです。

ですが多くの人たちは、
『感情は私が作り出しているものだから、コントロール出来る。』
という間違った教えを熟知をしているので、
起こる感情を抑え込もうとしたり、変えようとしたり。
逆方向へと力を加える努力をすることで、
見る必要のない苦しみや痛みのエネルギーを、自分に与えてしまいます。

ここでも分かるように、怒り、喜び、不安、悲しみ…という様々な感情が、
私たちに苦しみを与える訳ではありません。

イライラとしたり、不安になったり、急に嬉しくなったり、怖いと思ったり。
それは日常茶飯事、みんなの心の中を行き来するエネルギーだと思うのです。
ひとりでに沸き起こるのだから、もうこれは私たちの手の内には無く、
どうすることもできません。
それでもどうにかしようとする想いに対して、私たちは疲労しているのです。

一定を保つ努力をするのは調和を無視するということ。
つまりは一定を保つ努力を止めるのが調和に生きるということです。

これからは苦しみや痛みは増々減っていくばかりです。
私たちは調和へと戻っていく道のりにあるからです。
どんな感情が起こっても、空に掛かる雲の様に。
通り過ぎていくのをただ見守るだけなので、無駄な疲労が無くなるのです。

これは私たちに大きな変化をもたらします。

それともう一つ。今日は少し計算の話がでていますが、
夏の終わりごろから夜寝ている間中,息つく暇もないくらい私の頭の中を、
数。数字が流れ続け響き渡っています。
その働きのニュアンスはあまりにもトーンの明るい世界ですので、
自分が眠れているのだか・起きているのだかよく分からない状態が続いているのに、
日中は全く疲れることはありません。

どうゆうことなのかとずっと疑問に思っていたのですが、
どうやら数字は宇宙共通の言語なので、宇宙の叡知のようなのです。
こんな形でアップデートや伝言は起こってるんだ。
ということに今更ながら気づきました。

わたしたちが人間界で使う数字は、
計算にしても、価格、年齢、時間、採点にしても・・・
限定を知らしめる為に使われるだけの無機質な数ですが、
宇宙はそもそもが無限なので、数で表したり、
計算で証明したりする必要が無いという事です。

ですから誠の数の存在は、有機質のコミュニケーションの為の言語です。
ただの数ではなく、数は私たちと同じように生きているのです。
つまり数はその波動から物質を動かしたり創り出す力を持っています。

興味の向かない方へはだから何?という話ですが、
このあたりのことも知っているのと知らないのでは全然違うようなので、
受け取った方へと変容が届く様に、記しておこうと思います。

今日のメッセージの宇宙の計算式は、
私にも新しくもっと深く触れてみたいのですが、
のんびり、あせらず、ゆっくりと。
というメッセージも一緒に届いているので、そのようにしたいと思います。

どちらにしても新しい風向きで、これまでの常識とは反対のことを
伝え記す必要が出て来たということで。流れがとても変わってきたように感じます。
みんなのレベルが上がっていますね、きっと。☝
共に成長させてもらっているので、皆さまには感謝しかありません。

読んで下さる方の心・意識へと、愛の鐘が響き渡りますように。🌞