Undulating

「でこぼこと創造のちから。」

元々、でこぼこ道だからみんな違った味わいのある人生という旅を、
起伏のある道では歩きずらいからと。
相当な努力をして平坦な道に作り変えることをしてきた結果。
全体を見渡すことが出来なくなった私たちは、
手元ばかりを見るようになりました。

平坦に作り変えた道は、頭では均一に整備された美しさと見えても、
心では空虚を感じます。歩きやすいけれど、
目の前に何かが置かれると他の景色を隠してしまって
それがひとつふたつと増えていく度、肝心なところまで見えなくなり、
ありのままに美しい世界であることを私たちは忘れていくのです。

波のようにうねったり、高さも様々なでこぼこ道では、
補い合うようにいろんな側面が組み合わさっていて、
いつでも他の景色も見えるんです。
一定した歩きやすさはないけれど、自分の目で確かめながら、
自分の手足を使って歩き続けることになります。 

この世界は元から、でこぼこも含めて、
バランスのとれた完璧な設計(デザイン)となっているということなんですね。

今日このようなことを書いているのは、
全体を見渡すことが創造力を豊にするという話を書こうと思ったからです。🐓

宇宙のエネルギーは増々加速して地球の二極化が進んでいるようで、
このことに合わせた私たちの内面の成長。これは次元の上昇ともいいましょうか。
これまでの不要なものと、これから必要なこととの入れ替わりで、
こころが強く揺さぶられたり、迷う場面も多くあるかと思います。

苦しさというのは内面が飛躍する後押し由来のことなので、
囚われた思いが解放される時はとにかく猛烈に、意識へと浮かびあがります。
こんな時は肝心なことも隠してしまうことがあるので、
原初に戻り、全体を見渡すことは何よりも役立ちます。

物事に対して閉鎖的でなければ、どんな状況にあっても、
その先に見えた景色から、次に進むための気づきが得られます。
気づきを得るというのは、次のステップへ行くために、
今居る場所の出口を見つけるということですから、
私たちは普段からこのようにして、内面を成長させています。

全体の構造を見渡すことが、私たちにどのような力を運ぶかは、
この様に見てみると伝わりやすいかもしれません。

一目惚れの様な感覚。
他のことが手に付かなくなるほどの、強く惹かれる気持ち。
この反対に、強い拒絶反応。
逃げ出したくなるほど嫌悪のあるもの、こと。

この両極端な反応にあるとき、私たちの多くは、
強い気持ちに押され一瞬にして全体の構造が見えなくなってしまいます。

この関係性をみるために、両手で△三角形を作ってみると。
→△左端の角の頂点が、強烈に惹かれること、もの。
△←右側の角の頂点が、拒絶すること、もの。
この両点は±エネルギーとして一直線に繋がっています。(2つで一つ)

そして、この両方を支える三角の↓一番上の各の頂点が本来の自分の姿。
物事の真実、全てを把握して見渡している自分です。

何かあったとき、この力の関係性を良く理解して、
頂点から全体の構造を見渡すことに慣れていけばいくほど、
どんな状況にあっても、
出来事の本質が何であるのかを見極められるようになります。

これが、真に自由であるということです。

渦に巻き込まれるのではなく、渦を観察するという転換ができれば、
何の持ち合わせがなかったとしても、
内包する想像の力で奥の手を創り出せるようになるので、
二極化の混乱のエネルギーをさらりと渡りきる方法ともなります。

自分にとって不要と見えたなら離れる。有害となるならば、きちんと戦う。
心の奥の影として見せてもらっていると気づけば、受け止める。
何気ない想像と思いとが、直接自分の世界を創っているので、
このことを自然にできると出来ないでは、飛躍の大きな差となるのです。

自分の創造の力で、外側の世界を創り出すという発想は、
頭ではまだ聞き慣れないことですが、
普段から見ている世界は、すべてを自分で創造しています。

本来の私たちの力はこの様に、軽くて明るく制限のないものですが、
私たちは、創造の自由の大半を制限して生きて来ました。
“無自覚にも、制限させられるような構造の中に生きている。”
という方がもっと正しいかもしれないです。

薄々気づいていたとしても、驚いてしまうことですが、
社会や教育は、物を増やすことばかり盛んに促して
物質の豊かさで価値を得るという課題を私たちに与え続けています。

ですが同時に、日常で当たり前のように触れている音や映像にしても
時の刻み方にしても。知らず知らずに調和から外れていく造りとなっていて、
目に見えないストレス等から創造の力を限定にしている私たちには、
その課題がいつまでたっても終えることが出来ないというジョークです。

見えない糸が、出来ないことを努力するように、
走らせているということなんですね。

生活を良くするために。安心して暮らすために。
キラキラした言葉は日々身近に沢山落ちて参りますが、
それらは常に、何かをすればという条件付けがあります。
これがなければ良くなれなくて、これがあれば悪くなってしまう。
条件付きの安心は、無意識に依存の関係を生み続けてしまいます。

それはある意味では、外側の世界に神(教師)を見て、
内側の自分は、創造物(生徒)であり続けるということでもあり、
自分の人生を、人(外)任せにすることを承諾しているということです。
これではどこまでいっても、分離の世界から卒業できません。

分離の世界の中で満足するためだけに、私たちがここに居るのなら
もう何十周りもしてみんな満足しているはずなんです。
これだけ求めて、色んな形を手にして来たのですから。

そうではないから、私たちから生み出されたこころの影というものが
今も様々な形で、地球の出口を使って飛び出しています。

地球というスクリーンは、人間界だけでなく動物や大地の身をも通して、
私たちのこれまでの歩みを懸命に映し出してくれているのですから、
今は決して世界を悪く見る時期ではありません。

これ以上闇を深くしない為にも、目を逸らすことなく受け止め、
ここからひかりへと向かう道を創り出すのが、今の私たちの役割で、
“地球にひかりを与える生き方を、それぞれが自覚して選ぶ。”という時期です。

ありのままの幸せを隠していることを、取り払うだけ。
これは何千年も前から賢者が伝え続けていることです。
このことを自分自身で気づく機会は、いつでもすぐそばにあります。

主導権を外側に創るというこれまでの仕組みを卒業し、
自分を生きていくことは、とてもシンプルです。

世界を変える必要は無いんです。
変わるのも待つことは無いんです。
ただ自分自身で、この構造に気づけば良いのです。

全体の構造を見切れるということは、意識の広がりを意味します。
視界に居残る理不尽なことも、結局今起こっていることではなく
過去にあった私たちの心の反映なので、
そのような残り香が目の前にあるならば、それはあるままに、
これまでの枠組みよりも更に広く、自分自身が広がってしまいます。
そうすることで人為的な調和からの卒業です。
救うのは世界ではなく自分自身で、この幻想から抜け出すのも自分自身です。

人為的な調和というのは、
上に書いた様に平坦な道へと作り変える努力のことですが、
真の調和というのは、もう既に整った完美のことです。
頑張って作れるものでも、条件が付くこともありません。

加えて、ここには補い合うということも含まれています。
何もかも自分が頑張る必要はなく、それぞれが自分のパートでの力を、
存分に発揮するというただそれだけの事なのです。

今できないことを探すのではなくて、今の自分にできることをする。
常に今の自分が、これからの自分と深くかかわっている事を知って、
今を照らすということです。

これまでの私たちがしてきたことは、何でも揃う美しい宮殿に居ながら、
宮殿にはどうやって行くのがよいですか?と探し聞き回って来たことでした。
もうそこに居るのだから、どこにも行きようがなかった。
両手をパンと叩く音が原初の感覚へと響く様に、
ひかりの時代ではこのことを誰もがはっきりと思い出すことになります。

これまでは手元にしか灯せなかった明かりを、
これからはもっと広い範囲で、灯せるようになることを意味しています。
見えなかった部分が、急によく見えるようになる。
これが次元が上がるということです。

そして、使ってこなかった自分の力を引き出していくということで、
真の創造力を知っていくという過程でもあります。

これまでは使ってこなかったのだから、分からなくて当然なので、
何も分からないからの、はじまりです。
それが徐々にできるようになって、使えるようになる。
これが真の時間の与えてくれる恩恵というもので、
1歩1歩の歩みを観察するのが、人生です。

地球の変容期。全体の意識がどんどん変わってきていますので、
気づきはひとりでに進み、これまでの常識は容赦なく壊れていきます。
これは今に限ったことではなくいつも一番大切なことですが、
内面の平和を保つことが、とにかく何よりも有意義です。

例えば誰かのゴミのポイ捨てを見かけたとして、
あの人は環境に敬意がない人となれば、
敬意のできている人と、出来ない人とが生まれるわけですが、
先ほどの三角形の力でみてみても、どちらともが真実ではありません。
心がざわつき、想いの沸き起こるタイミングが、
そんなものが初めから実在していないんだ、ということを見破るタイミングです。
外的理由を付けず、判断なしに、ただ直視して超えてみると、
そこに初めから分離をみなくなるので、
この様な感覚は次第にどんどん薄れていきます。

良いのか悪いのか。次元が高いか低いかというような話も同じことで、
例えて宇宙の話に知識があって理解している人が波動の高いひとで、
知らない人は低い人。というのはどこにも存在していなくて、
森羅万象、たった一つの生命がこの舞台で様々な役を演じているだけで、
その中身はみんな同じ、ひかりそのものです。
結局どこを見ても わたしは、あなた。あなたはわたしです。

これをすれば良くなるのか、悪くなるのかを言っていても、
見たままに反映されるのがこの世界の仕組みですし、
今、自分に起こること以外には何もできないのも確かなので、
どんな瞬間も宇宙の計らいであることを理解して、
安心(原点)に戻ってくるという方向が一番平和を守れることです。

このブログに来てくださってる方は、自然とそうある方々と受け取っていますが、
皆さま、こころも身体も暖かくしてお過ごしください。😊
1年のうちでも、いまこの時期は特に大きなアップデートの時!
沢山のひかりに包まれた贈り物🎁があります。
共に内なる飛躍をして地球を応援していきましょう。🌟