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「テーマを生きる」

何をするにもバランスに包まれている私たちは、
それぞれがテーマ(役割)を生きるのに手助けとなる鍵を、
しっかりと掴んで生まれてきています。

これまでの生き方によっては、テーマを意識したこともなかったかもしれないし、
そんなものがあるのは、知らなかったかもしれません。

ですがこの世界が、完全なる調和で成り立っていることを考えれば、
それぞれが持つテーマや役割があるのは、とてもロジック(道筋ある)なことで、
この役割を受け入れて、進んで生きられるようになる事で、
それぞれが更に輝き、自然体な自分を発揮していくことになります。

そのままの自分。というのが、これからの地球と、とても相性が良いからです。

誰よりも自分には才能があって、役立っていると思う方も、
自分は取り柄がなく何もできないと感じている方も、
それで全てだと思うことはありません。
本当のわたしたちは、容姿や学歴、肩書だけで決められるほど無味なものではなく、
もっと奥深いところに味わいがあります。
目に見えることだけで良し悪しを決めてしまうことは、
生命に対して、あまりにも残念で、無配慮なことなのです。

誰もが同じく、世界にとっての不可欠なテーマを通して生きているからこそ、
ちょうど写真のように、用途の違うみんなの役割が良いお仕事をして、
お皿に乗せる味わいあるお料理が完成するからです。

私たちを根源的に見れば、リリースし続け、どんどん軽くなる為に、
ここに居ます。そしてそれは、自分ひとりだけの個人的な働きではなく、
ひとつの引き出から役割分担し、もっと巨大なものをリリースし続けています。

ですから、宇宙の一部である私たちの誰一人もが、
何も出来ていないなんてことは、あり得ないことです。
堂々とそこに居て良いのです。

この宇宙に存在する時点で、この世界のひかりとなり、支えとなっているので、
個人的な出来事からだとしても、半歩進めただけでもブラボーで、
みんなが少しずつ軽くなる。というように、私たちの内側に分離はありません。
個人的な小さな喜びや気づきが、ハートを震わせ、
世界へと幸せを広げるということなのです。

そしてそれは、そのままの自分であるだけで、
頑張らずにも出来てしまっていることで、
ありのままの自分を生かせてあげることが、世界にとっても/自分にとっても。
みんなにとって一番役立っているということです。

役割というのは、いわば自分にとってのテーマカラーなので、
どうしたって色濃く感じています。
もしも、自分のテーマがよく分からないと感じている方は、
自分の好きになれないポイントを、思い浮かべてみると良いかもしれません。
スパイス⚡に感じる部分が、自身のテーマを支えている柱であることが多いのです。

簡単に例えを話してみると、私はとてもせっかちで、
何をするにも急いで行動してしまいます。
これは何としてでも、変えなくてはならない部分だと、
長いこと否定的に思って生きてきました。

ですが、自由をテーマに持っている私の生命は、
自由に飛び回り、視野を広げることが役割です。
囲いのあるままではくつろげないので、どんな状況にも窮屈を感じれば、
何よりもまず先に、自由を求め枠から飛び出そうとする訳です。

このことを知れば、せっかちな自分の側面も理解することができます。
駄目な部分どころか、テーマを支える柱となっていることに気づかされるのです。

私たちは、これまでずっと分離を恐れて生きていたので、
自分の持っているものを認めて生かすことよりも、
どうやって隠すか。ということに必死になってきたように思います。

ですがこの恐れこそ、分離感をさらに強調し、維持させてしまいます。

無理にでも周りとの歩幅を合わせようと、懸命に努力し、
少し乱暴に言ってしまうと、『自分のことはいつも後回し』に
生きてきたということです。

自分自身に興味を持たないことで、いつの間にか居場所を見失い、
私たちは宇宙の流れに乗ることが、とても下手になってしまいました。

それぞれが違ったテーマを持って生まれていることを思えば、
同じ場所に宝物が見つかることの方が難しいくらいで、
これまでは、敢えて皆で同じ方向を向こうと頑張って、
この難しい挑戦をしてきたということなのです。

世間一般。という言葉の通り、
私たちには、幾つものこれが正しいという手本がありますが、
その全てが、全員に当てはまるわけではないことを、
みなさまももう気が付いていると思います。

本心では、それは違うと思う事も沢山あると思うし、
みんなが求めることが、自分にちょうど良いとは限りません。
ただ、そうしなくてはならないという雰囲気の中で押されてしまうと、
純粋で、優しい人ほど、本当の自分はどんどん埋もれてしまいます。

外側の見た目こそ個別に見える私たちの世界ですが、
内側には分離はないので、それぞれが自分らしさを生きることで、
完璧な世界が、もう既に完成しています。

このことをひとたび理解したら、全ての者が同じものを選び、
同じように生きようとすることが、どれだけ不思議なことかが分かります。
みんなと同じにしておけば、間違わないというような保険的な安定は、
幸せな自分を遠のけてしまう魔法だったんですね。

例えをあげてみると、バランスを伝えるために生きている人は、
どんな場面でも、不平等のあるところで勇敢に戦い続けます。

自由をテーマに生きている人は、囲いを超えて、
自身が自由に羽ばたき続けることで、生きる勇気を広めます。

癒しをテーマに生きている人は、自分の心を癒し整えることで、
同時に他人の傷まで癒してしまいます。

楽しさをテーマに生きている人は、生きる事の喜びを自ら楽しみ、伝え続けます。

誰もがテーマを柱にして、ここに居るのに、
不平等を許せない自分を、遊びが足りないと見て好きになれなかったり。
自由に飛び回るための羽が、傷ついたままでいたり。
楽しむ自分を、罰あたりと戒めているとすれば。
本来の流れに逆らっているので、生き苦しさとなってしまいます。

近い未来は、好きな事を好きと言える時代となるので、
今はまだ世間的にみての普通ではないとしても、自分の居心地はどうか。
このことを今から意識するようにすると、流れに乗ることになりとても楽です。

特にこれまで苦労が多かった方。純粋で、繊細な感受性の方、
優しい方へと、この安心が伝わってくれたらと思います。
そんな方ほど、真面目に一生懸命生きているので、
一度流れに乗れるようになれば、馴染むのがとても早いです。

変えたい、変わらなくちゃと否定的に思ってきたことがあれば、
そんな自分を今だけ引き受けるつもりで、
手元の自分だけに、意識を向けてみてください。

それぞれがもう既に、素晴らしいチャーム(お守り)を持っているので、
『頑張って、努力して、』他の何かになろうとせずにも、
自身を守ってくれる柱を軸に生れば、
それだけでも、サポートがもっと強く感じられるようになります。
自然体の自分というのが、一番力を持っているからです。

大切なことなので、ここで確認のため書きますが、
私たちの誰もが、もう既にテーマを生きています。
受け入れていようがいまいが、それ以外にはできません。
ですが、自分の生き方を認められずにいることで、
役割を生きている自分と、外側を生きようとする自分。
が背中合わせであれば、疲れます。

自分にできることだけに集中して、
これまでもずっと手元にあったものを生かすだけで、最強なのです。

自分という、一番近くで見える景色が一番素敵で、一番相性が良くて、
一番に愛すべき場所だからです。

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テーマとは、使命という表現もできるかと思うのですが、
言葉の通り、授かった命の使い方を示しているんだなと思います。
私たち一人一人が、命の使い方を明かりにしてここに居て、
世界を照らし、そこから反射して戻ってくるひかりから、愛(本質)を知っていきます。

もしも私たちが、最初から何でも受け入れられるなら、
本質である無と何ら変わらないので、ここにはきっと居ません。

欠けている何かを演じて、紐解いていく過程の中に私たちが居るのだから、
完璧な自分を作る必要なんて、ほんとうに、どこにもありません

ただ、これからの私たちは、これまでとは大きく変わっていきます。
一番近くで見えるからこそ、
一番好きになれなかった自分自身を、認めて許すという、
明るいひかり(愛、信頼、安心、くつろぎ…)がメインとなって、
世界を創っていくときが来たという事なんですね。

わたしたちは、この過程で、ほんとうの意味の愛を知ることになります。

それを知れたならば、分離の中に知ることは他にもう無いので、
苦しみから学ぼうとする自分は、やっと卒業です。

あとは、これまでの歪んだ世界をみせる眼鏡は外して、
ありのままの美しい世界を楽しめば良いのです。
欠けて見えていたことも、みんなで補いあって完璧という調和です。

見ないようにしてきた自分が、自分を輝かせる鍵となる。
この世界には、あべこべの面白いユーモアがまだまだ沢山あります。

これからは、これまでの普通という枠の中では理解できない事が、
増えていく世界になっていきます。楽しみにしていましょう。😊