Azure’s Notes

自分のままに生きる。
それがたった一つ、私たちにできることです。

この世界の私たちが、それぞれの違いがあるからこそ、
この世界にある個々のひとつ/ひとり、個別だけでは完璧にはなりません。

全体を見渡した時に、全てが混ざり合うことで、この世界は完璧になっていて、
たった一人、たったひとつでも、その何かが欠けていれば、
宇宙全体の今この瞬間の全ピースは完成しません。

だから何も出来なくても、理想の人生じゃなかったとしても、
誰が何を言おうと、そのままのあなたが今この世界に必要な一部で、
他の全てと、何一つと変わりのない素晴らしい働きをしています。

私たちは、みんなが同じじゃないからこそ、
それをやったら必ず良くなるってことも、
失敗を避けられる方法も、人生変えられる方法も、
全員に等しく当てはまることが一つもありません。

けれど、一つだけ私たちに共通することは、
この身体をとおして たった一つの生命が流れているってことです。
そしてこのたった一つの生命が、
いろんな形を持って、もれることなく演じているのは、
それぞれの個性、性分、です。
これがこの動きのある世界で、全ての現れが持っている違いです。

なので、正解の何もない私たちにも、ひとつだけできることがあります。
“ありのまま、感じるままに、自分を堂々と生きること。”
これをすることは、みんなに当てはまる正解なんです。
そうすることで、宇宙が完璧になっているからです。

今の自分を納得できなくても、それこそがハートの見たいことだし、
好きになれないことも、責任を感じることは一つもありません。
結局その想いは、演じている役割の自分であって、
決してみんなが同じじゃないから、それが全体で合わさって完璧になります。

なので、ひとりで全人生を完璧に生きれるかは、
初めから、まったく求められていないです。
そもそもが、人間の作った完璧なんてどこにもありません。

🌼

外側の世界に生きている個人としては、いま色々と変化の状況で、
背景が落ち着かずに、これからのことに不安になる方も多いと思います。

それと同時に、背景が落ち着かないからこそ、
必然と自分に向き合うことが増えていって、
これまで全く本質の世界に興味のなかった人も、
見えない世界があることを知り始めて、
みんな一生懸命良くしようと、踏ん張っていると思います。

わたしもこのブログを始めたのは、きっとそうゆう動きからで、
私たちに沸き起こる、不安や恐れから少しでも解放されて、
ちょっとだけでも軽くなれるように。生き易くなるように。
もうただそれだけできたら。という想いがメキメキと顔を出して手が動いています。

このブログを含めて、宇宙や本質の話を伝える方が今とても増えているのも、
それだけ知りたいと思う人が増えている証拠で、
着々と、物質世界中心から、精神世界中心へと移行しているのも感じられます。

地球を良くするために、いろんな方が情報を発信していて、
それはとても為になるものばかりだし、元気になるものばかりだし、
その誰もが、その人にとっての真実を語っています。

ですが、ここに生きる自分は、つまり外側の世界の自分は、
新しい情報に触れる度に、悩むし、不安になります。
何を聞いても、何を学んでも、これこそ真実と思っても、
外側を探している限り、不安や、疑いが消え去ることは無いんです。
もしかすると、増々増えていくこともあるかもしれません。

外側を軸にして生きていると、沢山の行き交う情報の中で、
何を信じて良いのか分からない。という気持ちが、
全体の動きに合わせて、波の様に沸き起こって来ます。
それだけ、ハートの入口を探そうとする想いが、全体に波打っているのです。

そして、この波が促しているのは、自分のハートへ戻ることなんですね。

決して外側には答えが無いことを、見つけるために。
自分を信じれば良いんだという答えを、自分で見つけるために。
私たちは、外側を、めいっぱい走り回るのです。

少なくても私は、そうで。笑 
何で今日は、こんなことを書いているかと言うと、
私は、ここ最近ザワザワと落ち着かなかったのですが、
ちょっとブレて、自分を信じることが全く出来なかったんですね。
その暴走の結果、気づいたこともありましたので、シェアしたいと思いました。

これからの地球は、このブレがあると、すぐに巻き込まれてしまいます。
自分以外のことを信じるな、という事ではなくて、
自分ではない外側に神(土台)を立ててしまうと。つまり外側の現れを信じてしまうと、
内側の神(土台)に生きることが霞んでしまいます。

本質の情報などで言えば、魅力的な発信、とても話の上手な発信、沢山あって。
色々見たり、読みだすとほんとうにきりがないくらい!
みんな上手にお話をしていて。分かりやすくて。

私にできる事ってあるのかな。と感じて分離の視点を持ち始めると、
終いには余裕が持てなくなり、正直自分自身でも驚きました。
同時に、自分を信じていないことの作る疲労が、
どれだけ大きいかも学べたんですね。

そして、そこから感じた気づきを今日は書かせてもらっています。

この人の言っている事尤もだなあって、話術とか文章術にはまっていくと、
そこに気づかぬうちにも分離が生まれてしまいます。
この人は出来ていて、私は出来ていないって。
私は特に、性分が真面目すぎるんだとおもいますが、
聞いたこと、全部やらなくっちゃって、なってしまいます。

変わることを別に求めていなくっても、求めた方が良いのかなと勘違いしてしまう。
同じエネルギーになろうって、変わろうとしてしまう。
知らぬうちに努力がうまれて、非常に疲れてしまうんです。

伝えようとしている相手は、誰もがその人の本気でやっているし、
変な意図も全くないです。その人は、その人にとっての真実を語っているんです。

なので、これはあくまでもエネルギーを受ける側のお話ですが、
すごいな、いいなって、ぐうーんと派手に惹かれる何かっていうのは、
真実を増々曇らせていくように、感じたのです。
自分のハートの真実を見えなくさせてしまいます。

人の話すことでそれが助けになったり、それが心を救うこともあって、
これはきっとそうです。だって、その人も物もやはり自分だからです。

ところが、救われたと感じた心が、
その人がなんとかしてくれる。となって仕舞えば、
それはその時だけの娯楽になっていきます。
束の間の安心感になってしまいます。

もちろんそれも、ステップとしては大切なんだと思います。
ですが最終的には何かの支えがなくても、各自の良さや、各自のハートだけで、
一人で立てるようにするのが、外側のグルのお手伝いなんですね。

依存させてしまうようでは、それはグルではないのです。
それは、自分の中の救われたい心が、
一つの気休めを、外側の世界に作り出すことで起こっています。
つまり、自分を信じていない状態では、
本当のひかりが外側にある様に見えてしまう。

もしも自分自身のハートに、真実のすべてがあることを知って、
内側を通してグルを求めるのなら、
自身に、問いかけを持てるように背中を押してくれるグルを、
外側で見ることが出来ます。

これは、本気で自分を知りたいと向き合っている方があれば、
これも一つの見方だなあと、読んでもらえたらと思うんですが、

話を聞いていて、ぽたり、ぽたりと、一滴づつ落ちていくような。
そんな静けさの中にあれば、気づきはひとりでに、ゆっくりと、浸透します。
分かりづらくっても、地味でも、難しくても。それは、ゆっくりと浸透します。

話を聞いていて、お砂糖のように一瞬で元気になる。
今は楽になるけど、後からどうしていいかわからない。
そうゆう心が生まれた時は、そこから一歩下がってみることも、良いと思います。

結局は、得たこと、知ったことから、自分の方法で自分と向き合っていく。
これしか出来ないので、
やっぱりそれを知っているのは自分のハートだけなんですね。

では、自分のハートが示す先はなんだろうって。
そうであれば、自分の指示灯からもらう明かりだけで、
充分に平和や喜びと共に生かされます。
自分にとっての完璧な正解を知ってるのは、間違いなくハートなんですね。

私の最近感じたこと、めいっぱい書いてしまって、
まとまった文となってないかもしれませんが、
伝えたかったことは、何はともあれ、自分を信じていれば、
外側の世界も、居心地が良いという話です。

疑心をもって、外側の世界に探せば探すだけ、色々開けて行ってしまうから、
内側にくつろいで、それぞれの生きる舞台の中でブレないで大丈夫ということです。

自分のままに生きる。自分を堂々と生きる。とても良い言葉だと思います。

何かの為になるかは分かりませんが、知りたい方へ届きますように。

外側のどこかではなく、一番近くに、あるんです。私たちの探し物は。
愛と、感謝を込めて。🍀