The Mind’s Maze

「思考という迷路 」

私たちの本質は、すでに喜びとして存在し幸せそのものです。
そうであっても、世界中の全ての人間が笑顔でいられないのは、
この物質世界を実在として真実をひっくり返しみて来たからです。
この世界を映し出している意識そのものである真の主を忘れ、
この身体を主とすることで、
私たちは幾つもの物語の中に生きて来たのです。

私たちの観ている世界は実在がなく、すべて空想の世界です。
この世界がまさかの空想であることを理解するのは難しくとも、
空想であること以上に強みがないことは、直ぐに理解できると思います。
空想であるからこそ、この世界に限界はありません。

主体となる者の見たまま信じるままに、世界が作られていきます。
想像は囲いがなく、いくらでも広がりますので、
ひかりの方へも、闇の方へも、どこまでも開けて行ってしまうのが、
私たちの〈何もない〉という存在です。
一人ひとりの意識の向ける方向によって、
世界は右にも左にも、変わっていきます。

主体が本来の自分そのものであれば、この〈無〉が土台となって、
自分の見たままに外側の世界を色付けしていることを、
しっかり認識出来ているので、
この世界で何が起ころうとも、全ては完全であることを理解し、
調和と共に生きることが出来ます。

ですが、我を忘れ思考の心が自身のひかりを遮ってしまうことで、
主体は仮にも個人としての自分。思考する心と入れ替わってしまいます。
この世界がすべて一つで繋がった物語であることを忘れ、
自分の意識がこの世界を動かしていることに構うことなく、
好き放題に分離の世界を見続けることで、どのような結果となるのか。

たった一人の人間が幸せでなくても地球には関係ない。ではなく、
その一人の人間が幸せでないと、地球も幸せにはなれないということを、
自覚することが私たちの今最もすべきことなのです。

たった一人でも本来の自然な生き方へ立ち戻ることが出来れば、
どれだけ世界が美しくなるでしょうか。
自分自身が迷いの心を超える存在であることを知れば、
そこで初めて世界に調和を見れるからです。

いまこの場で、自分の本質を超えるものは、どこにも存在していないことを
知ってしまわないと、迷いの心は何度でも闇に戻ってしまいます。
自分が個人で生きていると見て、いつまでも記憶の中に彷徨っていれば、
物質からだけ得ることのできる、部分的に幸せな自分と同様に、
それを求め続ける不幸な自分も、あちらこちらに生まれていきます。
そして自分を否定する果て、世界は不完全・不平等という視点を持てば、
その分だけ地球にもずれが生じてしまいます。
わたしたち人類には、それだけの力があるのです。

暮らしを良く見せる為、周りに認めてもらうため、
私たちの思考する心は、個人的な目的を果たすことに忙しく、
いつでも幸せになるための理由をどこかに探し続けています。
物質から得られる幸せや喜びも、ひと時の楽しみでありますが、
今ではない何処かの、物質の中に求める幸せでは、
本来の喜びとして生きることを、先延ばしとするだけです。

その幸せとは、つまり満たされた感覚のことですが、
この満たされた感覚こそが、私達の本質そのものです。
つまり私たちが求めている幸せとは、物質の中に見つかる何かではなく、
本来の自分へと戻ることに違いないのです。

それは、今この場で感じることができます。

では、そうしてください。そう伝えたところで、
記憶の中の迷路で彷徨っている心にはそれが出来ません。
記憶、思考はいまこの瞬間には存在出来ないからです。
今ではない何処かで自分が努力したり、
時間をかけて得るものと理解している思考の中からでは、
どんなに頑張ってもたどり着けない場所です。

なのでまず最初に、記憶、思考という過去未来から離れ、
今に戻って来る必要があります。すべての思考を今、止めることで、
いまこの場で本質を感じることができます。

思考が示す、過去未来には何も存在していません。
そもそも私たちの頭の中以外には、初めから「時 」はありません。

過去を変えるためという理由や、
忘れられない過去を再生するという理由など、何らかの理由をつけて、
私たちはこれまで長いこと、今この瞬間に戻ることを引き延ばし、
幾度と再生され続ける世界へと身を投じてきました。

記憶を盲目に信じることは、記憶に選ばされながら生きる。という事です。
思考の作り出す迷路の中を歩きまわっていることに、
自分自身が気づかない限り、
本来の自分として生きる事はいつまでたってもできないのです。

砕けた話をしてしまえば、確かに目に見える世界は煌びやかで、
飽きることなくいろんな楽しみを見つけることが出来ます。
人によっては、いくら時間があっても足りないと思える場所かもしれません。
だからこそ、そこに埋もれている内側の輝きに気づくのは、
(その為の地球の経験としても)ある意味至難の業とも言えるかもしれません。

実際に、金銀ダイヤモンド世界中の高価なものを集め、
ありとあらゆる物質界の快楽を目の前に山積みにして、
ここから幾らでも好きなものを持って好きに生きなさい。と伝えたならば、
どれだけの人間が、自分の意思でその場を通り過ぎ、
真の自分に出会う決断を下せるのでしょうか。

ここで話していることは、その人間が、いま必要だということです。
一人の人間が決断することで、それだけ他の者も容易に気づけることとなります。
たった一人でも、その一人が動かない事には、周りも動かないからです。

私たちは、これ以上先延ばしにすることなく、
物質を超えた新しい世界を見る時が来ました。
これは、物質を楽しまないということではありません。
欲しいものを我慢するという禁欲の話でもありません。
本来の自分を知る為に、我慢して抑え込む必要はありません。
来るものは来させ、去るものは去らせる、ということです。
外側の世界を超えてしまうという、心の景色の話なのです。

世界最大のダイヤモンドよりも、
はるかに価値のある美しい景色が、そこには広がっています。
その域から見れば、物質に執着していたこれまでの自分が、
とても微笑ましく見える場所です。

地球という星での私達の進化は、
正に宇宙を変えてしまうほどの力を持っていると言えます。
宇宙の中でまだ完成していない最後のパズルは、
人類がこの星での物質的な快楽を超え、
真の自分自身に対面することが出来た時に完成し、
この無限の宇宙での統合へ向けたひとつの区切りとなる、
最終ステージの様なものかもしれません。

私たちが、この地球に降り立つことが決まった時に、
ひかりの一かけら、一かけらが、
地球という星をより美しくすることを誓ってやってきました。

ですから本来の姿では、外見や国籍、経歴など一切関係せず、
皆が同じ方向を向いているはずなのです。

個人である自分を案じるために、否定するために、
そして他の人間と憎み合うために、
この場所に降り立ったわけではありません。
すべての者がこの場所へ、ひかりを灯すために降り立っています。
美しい世界に変える手伝いのためにここに居るのです。


とてもベタな言葉となりますが、
今こそ皆で力を合わせて新しい世界を後押ししていく。
宇宙が最も伝えたいことは、この様なことです。
このことは、とても高い精神性を受け継いできた日本人である私達には、
とても強く関係している事です。

ここでは本質の世界として話していますが、
詳しいことは理解できずにも、本当は問題ありません。
〈余計なことを色々考えて体力を消耗するくらいなら、
好きなことをしながら、好きなことを考えて、
自分の為に時間を使ったらそれだけ世界は救われる。〉
このことを知るだけでも十分です。

加えて、私たちすべては繋がっていて、自分の見たままの想いが、
すぐさまこの世界の姿になってしまうことを理解すれば、
それで更に十二分です。
このことを知り、それぞれが自分の想いに意識的に接するようになれば、
これ以上見なくても良い状況は作ることがないので、
それだけでも大きな変化となるからです。

例えば日常で、嫌な気分になるようなニュースを目にしたとします。
その場は気持ちが落ち込んだとしても、触れることなくそのままにしておけば、
その気持ちは大きくなること無く、必ず独りでに消えていきます。
反対にこの気持ちを実在と見て、どうにかしようと、
あれやこれやと心の中で想像の扉を開けていくことで、
無意識にも自分自身がそのエネルギーを増幅するという結果となります。

それは欲しくないと感じながらも、意識がそこに集中することで、
欲しくないエネルギーの波の上に、自分で乗っています。
この波は、人類が起こし、人類を通して一気に世界に広がっていきます。
仕組みとしてはこの様にして、見なくてもよい物語の扉を開いて来たのです。
ウイルスと同じで、それは国境超えて何処へでも広がります。

そうであるならば、もっとポジティブな波を広げた方が、楽しいではありませんか。
もう終わりにしましょう。

嫌になるようなものと出会っても、
ひとりでに去るまでその場にそっとしておいて大丈夫です。
そうすれば何の悪さともならず、ひかりに戻るだけです。
加えて、人一倍純粋なハートを持っていると自負している方などは、
初めからニュースなどは見ないようにする、など工夫もしてみてください。

心配も疑心も、今感じることでひとりでにどんどん増えていきます。
そうであるならば、幸せも、信じる心も、待つことで成るものでなく、
今感じることでひとりでにどんどん増えていくもの。です。

心にひかりを灯すために、この地球へやってきたことを思い出してください。

今笑っていられるか。笑顔でいられるかが一番の先決です。
これは、他の何よりも第一優先することです。
笑えるというのは、面白可笑しくということではないです。
外側の世界がどうであろうと、こころが闇に居続けないということです。
心に本質からの灯りが照らされていることを、知るということです。
そうであれば、自分を信じることが出来ます。
自分を信じることは、宇宙を信じることと同じ意味です。

大切なことなので繰り返しますが、
私たちがこの世界の仕組みを理解することで、
地球も大きく変わることが出来ます。
生きるのに必要なすべては、必然的に揃うので、
明日の心配することなく、今幸せとあることを選ぶことで、
世界は大きく変わっていきます。

この世界が空想だからこそ、第一に大切なのは
裏表のない真の意味で、自分が楽しいかどうかです。
複雑なことに慣れている頭には、物足りなくても、
シンプルにただそれだけなのです。