The Universe in the mouth

「口の中は宇宙 」

わたしたちの日常、現実の世界には、
心で見たそのままの想いが反射するので、
味方とみたエネルギーは、見たままに良い働きの印象を。
敵とみたエネルギーは、見たままに悪い働きの印象を与えることとなります。
このことを頭に置いて気を付けて内観してみると、
あれもこれも、こんなことまでそんな風に見ていた!という驚きがあると思います。

身近なところで、食べ物で見てみると分かり易いかもしれません。
私たちは、無意識にも良い悪いの視点から食品を見ることに慣れています。
甘いものは虫歯に。塩分は良くない等と、ありふれた情報に惑わさてきました。
今日はお誕生日だから特別。ちょっと運動したから大丈夫。
食べる前に言い訳をしてしまうほどに、食物の名前に記憶が付いています。

実際は大量に摂らない限り、油が太らせるわけでも、
塩分が身体を痛めつけるわけでもありませんが、
食物の名前に付いている記憶とだけ接することで、
エネルギー本来の姿と私たちが、真の対面することはありません。

記憶されているまま、これは良くないと敵として見れば、
見たままに反映されるので、身体にも悪い印象を与えることとなります。

世間にはいろんな情報が流れていますが、
食べ物はお金とおなじく豊かさを広める特性があり、
感謝して頂くことで、即効性のある喜びのエネルギーへと変換されます。
お金も入ってきたときには喜んで頂き、
また別の機会に喜んで使うことでバランスよく循環していきます。
同じように自分のところへやってくる食べ物も、受け付けないものを除いては、
感謝して頂いて良いのではというのが私の考えです。

身体は私たちには計算できないほどに高性能な機能をもち、
今何を欲しいかを良く分かっているので、ちゃんと教えてくれます。
体調の優れない時に、自然と優しい味を求めることからも分かるように、
もしも今摂ってはならない物ならば、美味しいとは感じませんし、
自然な流れでそうなるからです。
ですから美味しいと感じる物/食べたいと感じる物は、
身体にもしくは心に、今必要なものだったということです。

研究されている方の意見には、食べ物の中には波動を下げたり、
浄化を妨げるような働きがある物もあるのかもしれません。
けれど、感謝の気持ち。おいしいと感動したり喜ぶ気持ち。
この2つは食べ物を清めてしまう力を持っています。

日本人は、いろんな“美味しい ” を発信しますね。
超おいしい。すごくおいしい!このセリフは、
よく聞くよく言う言葉トップ10位ぐらいに入るのではないでしょうか。
そして最近でこそ、食スナップがSNS等で世界的にも増えていますが、
日本人は結構古くから食の写真を日常的に撮っているんですね。
外食にしても、料理職人さん達の真剣度は相当高いです。
他国料理までもが驚きのレベルです。よって素晴らしい出来上がりとなります。
作り手だけでなく、食べる方も食を楽しむことに真剣だからこその相互作用です。
それだけ食することへ、本能的に敬意を示している国民です。

おいしいと感動することは、
喜ぶために作られた食べ物に対しての感謝と敬意となるので、
喜ばれたエネルギーは最短距離で解放されて、
直ぐにもとのひかりの姿へと戻っていきます。

このことを知らないと、
これを食べたから風邪を引いた。これを食べたから太った。
知らないうちに食物が悪者になってしまいますが、
食物は私たちを笑顔にするためのものであって、
滅ぼすためのものではありません。
食べるならば、目で楽しんで味で楽しんで元気を頂く。
それだけで十分なのです。

世界を見渡すと、フルーツだけ摂る方もいますし、
葉っぱだけ、水だけ、そして水すらも飲まない方もいます。
それでも健康に元気で暮らしているのを見ていて分かることは、
自然向くままにそうなったのであれば、それこそが、
本源がその人間の身体を通して見たい世界ですから、
生きていくだけのエネルギーも、バランスも、
本源がすべて与えてくれる。ということです。

そのほかにも、ジャンクフードだけ食べる方もいれば、
カレーやラーメンが好きで毎日必ず食べる方もいます。これも同じく、
自然向くままにあるので、それこそが本源の見たい世界です。

ここでどちらにも共通していることは、自分の本心でやっているということです。
流行りでどうとか、そうしなければ駄目だという圧力からではありません。
自分の本心で望むこと・心から好きなこと、
もしくは本源からの強制的なプッシュがある時もありますが、
どちらにしてもゼロの位置、原点の位置です。

塩分は悪いらしいからと、無塩にする。
玄米が良いらしいから、玄米だけを食べる。
自然とそうなったのでなく、良い悪いの視点から選んでいれば、
自分の想いはどこへ行くのだろうか。
本当はケーキが食べたいのに代用品を無理に食べて我慢する。
その逆に、ケーキは本当は食べたくないけど、無理に食べる。
このことが食べた時/食べない時よりも悪い働きとなることは、
多くの方が納得できると思います。

ジャンクだろうがヘルシーだろうが、どちらがすごくて、どちらが悪い。
これは言葉に付いているだけの、イメージです。
そこにあるのは、お菓子の純粋なエネルギーですが、
ポテトチップという名に付けたイメージを吸収することで、
良い悪いの目に見える影響が現われます。

これを食べると止まらないから困る。
そう見ながら食べることで止まりません。
これを食べると元気になる。そう見れば体調が回復します。
自分の見たままに、世界は映されます。
エネルギー自体ではなく、私たちが先入観(指定)を持って接することで
エネルギーはそのまま変換されて、指定したままの働きとなります。

ケーキやハンバーガーが身体にミラクルな働きをするのかは、
良く分かりませんが、どんなことにも自分の心に素直であることが、
ミラクルな働きをすることだけは良く知っています。
自分の本心の好きから選んでいるものは、
選んだエネルギーを、責める事もしなければ、
否定することもありません。


分離の地点から離れて、止まって観察してみると分かるのは、
手料理ももちろんですが、工場などで作られる食物も、
食べる人のことを考えてアイデアを出し合って、
良くなるようにと改良をしながら私たちが形にした食べ物です。
冷凍食品でも、ファーストフードでも、家庭料理、高級食材、
どんな食物でも、立派な職人さんの技で美味しくなるようにという
想いから作られていることには変わりありません。

得意、不得意は自然に現れる個性ですから、
ジャンクフードも食べましょう。という話ではなく、
記憶の中で良いとされる食品も、悪いとみられる食品も、
本質は同じエネルギーから成り立っていて、
自分のエネルギーへの接し方でどうとでも変わるというお話です。

全て自分の見たままのエネルギーが戻って来るので、
敵と見れば敵となって戻ってきます。
味方と見れば味方となって戻ってきます。
そしてそのどちらともを統合する地点を知ることで、
記憶や指定に囚われていないエネルギーその物に、
初めて触れることになります。

食べ物は、頂けば直ぐになくなってしまいます。
何日もかけて作ったものも一瞬で終わり。後に残らないです。
それでも私たちが食べるのは、単純に、
こころと身体に元気がでるから。そして楽しいから。です。

口の中は宇宙。宇宙への道はエネルギーの帰り道。
もぐもぐ食べて、飲みこんでしまえば宇宙へと消える。

わたしはそんな風に思っています。
つまり、目に見えない部分はすべて宇宙(無)なのです。
この身体が食べているように見えて、
元を辿ればこれも本源の喜びに違いありません。

色々な食べ物が溢れていると、すっかり忘れがちですが、
食べ物は、苦しむ為でも太るためでもなく、
心が明るくなったり、身体が喜んだりすることを含めて楽しむ為にあります。

不安に見ていれば、不安が不調を作ります。
病気となると見ていれば、何を食べても病気になります。
ひかりへと戻ったエネルギーに、
わざわざ他の働きを付け加える必要はありません。
楽しかった、元気になった、おいしかった。はい、終わりです。

ダイエットや健康の話は、とにかくお金が儲かるのでいろいろな情報が
飛び交っていますが、特定のものに強いイメージが付きすぎました。
美容の為に。若くある為に。健康である為に。
もちろんそれが本心の望みの喜びであれば、それがあるべき姿ですが、
自分の身体は身体自身が一番分かっています。
誰かの正解が、自分の正解とは限りません。
自分の身体とこころが同時に喜ぶことを、自信をもって続けて欲しいと思います。

私たち生命は食べ物からだけではなく、
太陽から、大地から、空気からもエネルギーを頂いています。

ですから精神世界だけの視点から見れば、
食べ物は必ずしも必要ではないようなのです。
地球がこれまでの物質主義から、精神主義へと移行していくことで、
これからの食物や食べ方にも、見える変化があるかもしれませんが、
何事も追いつけない速度で急激に変わることはありません。
すべては完璧なバランスの中で、自然となるように揃っていきますので、
ほんとうは食べたいと思っていた食品があれば、
ありがとうの気持ちで喜んで頂いて欲しいと思います。
どんなことにも、今をめいっぱい、楽しんでください。

これからは、今までに決めて見ていた情報や記憶がするすると抜け落ちて、
自分に合った方法や、自分の好みの道を無理なく選べるようになっていきます。
だれかの正解や幸せが、必ずしも自分の正解ではなく、
自分の正解を生きることが、自分の幸せで、
結果みんなの幸せとなることが分かっていくからです。

このメッセージは、食べ物以外のことにも共通することです。
何のために私たちが人生を生きているのかを、
最愛の皆さまが、思い出すきっかけとなってくれればと思います。