Balance!

バランス

本来の私たちの姿は、意識そのものなので重量はありませんが、
分かりやすく色づけして表現すれば、超ウルトラライト。
とっても軽やか柔軟で、どこでへでも瞬時に移動できてしまう存在。
敢えてそこに、記憶や限定、身体などの制限を加えることで、
重量を経験できるのが、この地球という惑星です。

そして一通りの制限を経験したところで、
重量を一つずつ降ろしていく。
解放されていく過程を通してステージをアップさせ、
新しい世界を開く。この流れを私たちは続けています。

ここで話している重量というのは、リアリティの重さと思ってください。
自分の存在をこの身体と見る間は、リアリティの純度も高く、
それだけ物質世界を深く楽しめます。
物語の中で本気で喜び、楽しみ悲しむことができるのも、
この重量があるからです。
本物の世界だと信じることにちゃんと意義があるのです。

そして、それぞれが前もって決めている節目に至れば、
つまり思う存分経験が済めば、次のステージへと入ります。
自分の存在が身体だけではないという知識を得てからは、
速度はそれぞれであっても、
選ぶ余地なく徐々にリアリティの純度は減っていきます。

これまでの物質世界だけの視界から、
非物質世界への視界が開けるのは大きな変革です。
身体を持ちながら、本来の姿として在るという新たな融合。
そしてこの融合から、又更なる旅のはじまりです。✿

荷を降ろす度にレベルアップし、
又ある段階に来たら、不要なものを解放して軽くなる。
そうすることで細部にもひかりがあたり、誰一人として同じではない、
これまでにない景色を見ることとなります。
これが成長、進化。地球で経験をしている私たちの使命はそこに在ります。

ですから、今この瞬間がどう映ろうと、
一律して前向きな体験であることには、変わりません。

どのような舞台にある者も、自分の経験に必要な学びをしているので、
誰にやらされている訳でも、押し付けられたことでもありません。
自分で選び、納得し、喜びの中に今を生きています。
個人からしてみれば到底そうは思えない事でも、
例外なく全てはプラスに働いていることを、心にとめておいてください。

私たちの本質がウルトラライトであるからこそ、
本来の姿から大きくかけ離れた地球上の経験は、
映画館へと足を運ぶようなこころ弾むものです。
非日常の冒険を自分の体験と見て楽しむ。
それが、私たちのしていることです。


それぞれが今目の前に広げる世界と共に、地球の新境地を開いていく。
私たち生命は力を合わせて同じ方向へと進んでいます。
この世界にどんな立派なリアリティがあっても、
敵か味方かの分離の視点は、頭の中だけの作り物であって、
意識上でしか存在できない世界の物語の中にある、たった一つの側面です。

宇宙を舞台にしたそれぞれの演じ手がありますが、
天使も悪魔も、大元を辿ればすべてはたった一つの意識から生まれ、
意識を外れては存在できません。

全ての者は、このことをちゃんと理解して生命を楽しみ、
自分たちの力で智慧を学び進化を続けています。

何が伝えたいのかと言いますと、
マイナスもプラスもおなじエネルギーから成り立っているということです。
どちらが素晴らしいのか、そんなものは本当はありません。
物語の主人公が、どのように見るかの違いだけです。
マイナス無しではプラスも生まれず、
プラス無しではマイナスも生まれないということです。

物質世界の地球には両方ともが必要なエネルギーであり、
朝と夜、ひかりと闇の両方あって完璧なバランスの中に成り立っています。

存在するすべての物に、存在する意味と意義があることをすっかり忘れ、
両エネルギーがペアであるからこそバランスの取れている土台の上で、
どちらかだけを悪者にして減らす努力をすればするほど、
調和が保てなくなります。

両方あって完全なものを、片方だけ悪役の名を付けて追い払う。
これが私たちが今までにしてきたことです。
ペアで存在するものが、ペアで居られなくなりバランスを失えば、
人間の心も東西を失うことになるのですが、
それを悪役の仕業とみて更に摘み取ろうする。
追い払われて減らされる方は倍の仕事をしなければなりません。
そうすることで勢いがつき、余計にパワーが増していく。
これでは永遠に等分にはなりません。

もしも両方を認めてありのままに見れば、そこには調和がありますから、
悪さなどはしません。 どのエネルギーも本来の働きだけして、あるべき姿です。
そもそも、悪い働きをすると誰が決めたのか。
本当は悪いも良いも無いことを、
私たちがそう見ることで、悪い働きに仕立ててしまいます。

森でピクニックをしていた家族の赤ちゃんが眠る籠の中に、
毒を持った蛇が来ました。
気づいた家族は驚いて蛇を追い払おうとしましたが、
挑発するのは良くないという智慧があったので、
蛇が自ずから去るまでは見守ることにしました。

蛇は赤ちゃんに掛かったタオルケットの下に潜り込み、
居心地が良かったのか動きません。
赤ちゃんはそのうち目を覚まして手足ををバタつかせたり、
声をだして遊び始めました。家族は悲鳴をあげましたが、
見守るうちに、蛇は赤ちゃんには何もすることなく、
長い滞在ののち森へと帰っていきました。

赤ちゃんは言葉も、蛇という名も、まだ何も知りません。
蛇が毒を持っていて危険だという知識もありませんでした。
蛇を悪者とみていないので、
現われた蛇は、ありのままの姿で遊びに来て、
気が済んだら家へと戻っていきました。

もしもみんなで追い払おうとしたものなら、蛇は暴れだしたでしょう。
この話からも分かるように、見る者が悪役の名前を付けて、
現れる度にそう見るから、悪い働きとなってしまうのです。
世界は、完全なるこころの写し絵です。

誰が天使で誰が悪魔かを見張るよりも、
自分の目の前にある今この時を味合うことのほうが、
より力となる時間が過ごせることを、
これまでの経験を通して 私たちは知ったのです。
いがみ合いからは何も育たないことを、これまでに散々学びました。

ありのままの純粋なエネルギーに分離を見たのがこれまで。
ありのままの純粋なエネルギーに、統合を見るのがこれから。
そのように世界が変わっていくことを、許可してください。
実際にそう見れるかどうかの心配は要りません。
理解は完璧なタイミングで追いつくので、
今この場でそうすると見てしまうだけです。

物語の中には、自分が想像しうるすべての可能性があります。
どのステップにあっても全ての者が平等に、今を楽しむことができます。
分離の中に神経をすり減らして生きるのも、
統合の中で自分の為に楽しんで生きるのも、全てが主人公次第です。
与えられた状況が自分を苦しめているのではなく、
苦しみを見ている自分が、その状況を選んでいるのです。

ここでも幾度となく時代が変わったことを伝えていますが、
これまでの物語は一旦終わったとみて、
新しい地球に、あたらしい自分が既にグレードアップされて、
ここに在ることを再認識してみてください。

新しい舞台へと変わるということは、
これまでがどうであったかは、何も関わりありません。
これまでが苦労の連続であろうと、無かろうと全てがリニューアル。
自分にステップアップする資格があるのか無いのかは全く問われていません。

出来るか出来ないかの答え探しでは無く、
今この場で、記憶にひっぱられることなく、
新しい自分としてここに在るとみてしまうことを伝えています。

それだけ強い基盤が出来たから次へと進むんだな。
新しい舞台では自分は喜びとして生きるんだな。
この認識を持つだけで大丈夫です。

とても柔らかく保水力もあり、水はけも良い。
いろんな生命が統合して暮らせる地球の新しい土に、
まかれた種はすぐにその実りを見せてくれます。
たっぷりのお水と太陽がどんどんその成長をサポートしてくれるので、
根を張るスピードも、その成長がもたらす力も、
これまでの何万倍と思ってください。

みんなが笑顔でありますように☆