目覚めを急ぐ

コロナウイルスが起こり、地球の変化を知らせる大きなアラームとなりました。

得ることだけが恩恵ではなく、失うことも同等に恩恵です。
その場面だけ見ればつらく困難に感じる事でも、そこからどこへ着地するかは分かりません。
形となる前の姿に無為に踊らされることなく、なるべくゆったりした心で世界を観る。

一人のものが無為に踊らされる度に、どれだけのネガティブな振動を地球に与えるのか。
それぞれが自覚することが、今私たちに出来ることです。

〈すべてが上手くいっている。すべてが完璧。〉
この様に観ることは、あなたの世界を一瞬で変えてしまうほどの力があります。

『地球は生まれ変わります。あなたも波動をあげてください。』
このメッセージをどう受け取るかが、これから進む世界を決めます。
これまで微かにでも何かを変えたいと思っていた人にとって、
地球の生まれ変わりが新しい視界を開く後押しともなり、
私たち人類は、変わるなら今。という状況にあると言えます。

変わるならいま。 言葉だけを見ると、
急かされているように感じますが焦ることはひとつもありません。
ここで話していることは、特別なプランを立てることではなく、
ありのままの姿で居て下さいという意味だからです。
今までが走りすぎていたので、その足を止めてください。と伝えています。

そしてここで言う今は、 “ 今を逃せば後はない ” の今ではありません。
どこを切り取っても、私たちには“今”という瞬間しかないので、
自分にとってのタイミングである『今』はいつもこの瞬間です。
何にしても出遅れるとか、後がなくなることはありません。

〈変わる〉とは、新しく他のものにする・これまでと違った状態にする。
そんな意味があるので、見た目に赤が青になるような変化を目指してしまいがちですが、
ここで伝えていることは、外側の目に見える変化は関係していません。
それでは状況によって出来る人とできない人とで限定となってしまうからです。

目に見える世界が変わるのは最後なので、それはもう後付けです。
どんなにのんびりでも、せっかちでも。
何が足りなくても、多すぎても。それすべてそのままで◎良いです。
私たちにとって主力となっているのは、目に見える世界の様にみえて、
本物の主力はこの目に見えることはありません。

何においても外側の世界を変えるには、まずは内面の働きかけがはじまりとなります。
そこに、本源である普遍の意識があります。できる、できないが存在できない場所です。
この場所こそ、すべての生命に平等に行き渡る実在。私たちの道標なのです。

私たちが今受け取るべきメッセージを簡単に言ってしまえば、
“今まで働かせすぎていた頭は休ませて、なるようになるさで生きましょう。”ということです。
過信しすぎている記憶は、この際すべて忘れてもいいくらいです。
その位のつもりでいれば、人生はひとりでに巡っていくことが理解できます。

ひとりでに巡るとは、必要なものは必要なときに与えられ、
個人が努力せずとも生きていけるということです。
これまでが走りすぎていて気づくチャンスがなかったものの、
足を止めてみるとそこに広がる景色は、初めてみるものばかりです。

私たちは常に今ある状況がベストであること。ということは、
与えられるべきものが、ちゃんと与えられていることも分かります。

なので、どのように見えても今の状況をこれ以上良くしようがありません。
それでも何かを変えようと常に走り回ってしまうのは、
『良くするためには変えなくてはいけない。』と信じてきたからです。

このことは、私たちが本気で信じてきた代表的な生き方です。
この慣れ親しんだ方法で、どんなに外側に働きかけたとしても。
結局は上澄みに触れているだけで、全体に触れることはありません。

与えられるべきものが、ちゃんと与えられていることに気づくには、
働きかけるのをやめてみる。これ以上の近道はありません。
そうすることで、ひとりでに内側へと意識が向かっていきます。

目覚めの時だから、今変わらないといけないと急いでしまう。
何かしないとけないのではないか。とせかされる気持ちが顔をだしても、
ここはぐっと我慢です。限定の中を走り回っていれば余計複雑になります。

そしてもう一つ。どこかで聞こえのいいことに触れたとしても、
それが自分の耳にとっての心地よいサウンドであれば流し続ける。
逆にそれがざわざわするサウンドであれば、音源を消すことができます。
自分が同じ方法で人生を辿るかも分からないし、
自分にはもっとほかの方法があっているかもしれない。

『何かしなくてはいけない。』と囁いているは誰か。
それをしっかりと見極めて下さい。

もし大元にとって本当に必要な変化があれば、
私たちがかしこまって働きかけなくても、それはひとりでに働きが起こります。
それと同時期に、個人である『考える心』が努力していれば、たまたまそれが重なって、
自分の努力によって何かが変化したと感じることはこれまでもあったかもしれません。

実際は、大元にとって必要な変化があったので、それは自動的に起きました。
記憶には実在がないので、何かを変える力はありません。
ただ、記憶を強く信頼しているうちはそこに仕事与え続けているので、
その人にとっては、本物よりも本物らしく力を発揮しているように感じられるのです。

個人で生きている感覚が消えていくのは、
個人を演じている『考える心』が何もしない時です。
眠っている時に平和だけが広がっているのは、そこに『考える心』が無いからです。

では起きている時にも平和を広がらせるには、どうしたらよいでしょうか。

個人である『考える心』が、何かしようと動き出したときには、
燃料をくべているのが自分自身であることを理解し、
エネルギーとなる火を燃やし続けないこと。その手を止めます。
燃料が無くなればひとりでに静まります。

良くするために変えなくてはいけない何かはありません。
そんな注文をしてくるのは、記憶にある過去の言い分です。
むしろその反対で、何もしないことが外側の世界を変えるのです。

内側と外側の世界には時差があるので、この瞬間に外側で見ている世界はもう過去です。
今ある状況がベストと内側で理解することが、次の瞬間に外側で見る世界を最善へと導きます。

これが、私たちは常に今ある状況がベストという意味です。
その目にはあるように見えても、ないように見えても。
そこからどの景色へと運ばれるのかは、思考には予想できません。
外側の世界で見える“在る無し”には惑わされないで大丈夫です。

あなたの平和が、地球の平和です。
あなたの自分を思いやる心が、地球への感謝です。

そしてそれは自分自身と大切な家族や身近な方へと渡っていきます。
すべては繋がっているので、隠すことも切り離すこともできません。
このことを自覚することがどれほどの力を発揮するのか。
こころの隅っこで良いので住まわせてみてください。

何においても、いそぐ必要はありません。
自分の進める速度で、どんなときも今の自分を優先すること。

大切なことなので、もう一度繰り返します。
〈すべてが上手くいっている。すべてが完璧。〉
この様に観ることは、あなたの世界を一瞬で変えてしまうほどの力があります。

お花がきれいな季節です。
変わり行く景色を楽しみながら、幸せな一日を過ごしましょう。❁(﹡ˆᴗˆ﹡)❁