『あしたはあした』前編

今日起こった忘れたいことは、明日に持ち越さないで良い。
あしたはあしたで、また明日考えたらいい。
とてもシンプルですが、
このシンプルがなかなかできないのが、私たち人間です。

もっと深く話せば、シンプルにしないための地球という惑星であり
単純を複雑に見るために私たちは人間をしています。

何にも閉じ込められていない私たち無形無色の実在が、
時間という壁、記憶という壁、身体という壁・・ 様々な壁を持つことで、
閉じ込めた様に仕立てて、人生という人間物語を辿っています。

なので、
これまでがシンプルに出来なかったのは当たり前と言えばその通りで、
わざと気づかないようにしていたのですから出来るわけないのです。
それでも、これまでの私たちの長い経験は大きなバウンドとなり、
新しい境地へと飛ばされたボール達が、それぞれの望む舞台を選べる時代になります。

地球という惑星は変化に時間を要する星なので、
目に見える部分が変わるのは少しずつであっても、
新しい舞台が開幕したことに変わりありません。

これまで生きることを頑張ってきたことにご褒美を上げるつもりで
これからはどうぞ、自分に
そしてのびのびと生きていこうと決めてください。

今見ている世界が混乱にあったとしても、
そこで自分まで一緒に混乱に巻き込まれることはありません。

いま、その目に見えている世界は常に過去の創造物。
これからどうなるか。を考えるのではなく、
これから自分はどうありたいのかだけで十分です。

もしそれが“安心できる世界で生きる”ことなのであれば、
自分だけは堂々と、のびのびしていて下さい。
それぞれが自分に生きることは、
私たちに共通する世界を良くする 方法です。

さて、私たちの人生をシンプルにしないための地球で、
大いに役立っているもの。それは自我です。
私は、「考える心」と呼んでいますが記憶とも言えます。

本来のこの機能の使い方は生活をより良くするものです。
人生という物語を生きていけるのも、この機能のおかげです。
計算や予測、準備、整理などができるのも記憶あってこそです。

とはいえ、この機能は頼りすぎることで苦しみが生まれるのも確かです。
シンプルにできないなどと考える心、これも記憶です。
ですがひと呼吸して良く見てみると、それは決して強制的ではありません。
記憶が足を止めるのは確かでも、その後に向かう先は自分で選べます。

一度失敗したからといって、次回失敗するかは分からない。
昨日出来なくても、明日も出来ないかは分からない。
この何にも閉ざされていない心が、私たちの新たな一歩です。

私たちは、今日と明日が続いていることを疑わずに生きてきました。
そのくらい立派に、直線的に人生が流れているように感じるからです。
けれどこれは記憶の中だけのことで、頭の中の物語です。

今日明日の境界線はどこにもないように感じても、
目に見える光景のすべては、毎瞬新しいもの。
宇宙の法則の、常に今この瞬間がはじまりと言うのはこのことです。

自分も、家も、家族も、海も、毎瞬すべて新しい創造です。
毎瞬として考えると分かりずらければ、
毎日新しくなっていると思うと分かりやすいかもしれません。

私たちの観ている世界は実在がなく、空想の世界。

空想は誰かに観続けられる必要があります
実在である無形無色の意識が、
空想を観続けているのが人生なのです。

その中で記憶という精密な機能は、
毎瞬をつなげる役目も果たしてくれています。

この記憶の代表には、私たちの言葉があります。
私たちは日常で見るものの名前をほとんど知っていて、
名前の付いた様々なエネルギーを言葉として交わします。
言葉は記憶の補助をして、形として創造し続けます。

名前を付けているから、ある種のパンをみたらとわかるし
誰かと会えば、彼女は二コルさん!と分かる。
チョコパンが食べたいな、と思えば
名前に付いた記憶のままそれをイメージすることで
お店にチョコパンを登場させて買うことができます。すごいですね。

この世界には、前もってあるものなどが一切無く、
意識が向くことで常に新しく創造されていきます。
お店もいつもその場所にあるわけではありません。
見られることで始めて登場するのです。
私たちの、“外に出ればお店がある ” と信じて疑わない心が、
その都度 お店を登場させてパンを買えています。
私たちは毎瞬記憶の中の名前からエネルギーを選び、
その場に登場させたり退場させたりして、楽しんでいるのです。

当たり前に生き観ている毎日でも、この仕組みを理解できると
私たちの生き方は大きく変わります。

自分がどうゆう人物かにも執着しなくなります。

今と未来が続いていないので、常に今新しい自分です。
これまで握りしめてきた苦しみは、
ただ頭の中だけで繰り返されていたことが分かります。

名前、生い立ち、年齢、好みなどもそうです。
自動的に記憶の中の“自分”を毎瞬新しく引き継いでいます。
ですが、寝ている時に自分が誰だか把握していないように、
記憶の中の“自分” 以外は、何者にもなれません。

このことが分かれば、
自分が好きなように今から始めることが出来ます。
今日がどんな一日だろうが、過去にどんなことがあろうが、
大切なのは今だからです。
今、どの様に生きたいか。それだけです。
今日起こった忘れたいことは、明日に持ち越さないで良い。
あしたはあしたで、また明日考えたらいい。
ほんとうに、この言葉の通りです。

『あしたはあした』後編につづく。