みえない才能

昔から地図を少し見ただけで目的地へ迷わずに行けるという特技がある。
チズ子さんなんて言われることがあるほどで、海外に来てそれはとてもとても役に立つ。

私は紙の地図が好みで、特に出かける予定が無くても
路線地図や時刻表を見るのが好きだったりする。
地図帳は見るだけで楽しくて、観光マップにもワクワクする。
それがボロとなって手に馴染んできた頃、ちょっといいなと思う。

はじめて来た国でも一度地図を見ておけば、
遠近関わらず、ここへ行こう。そう決めるとそこからが早い。
ここで曲がった方が近道だとか、
進むべき道がジグザクと向かってきてくれて迷わず到着できる。
とにかく便利だしとても助かる。
まあこんなものかな!みたいな涼しい顔をしておいて、
自分でも“おおお”と喜んでみたりする。

私たちは、自分たちの足でどこかへ向かっていると感じているけれど
ほんとうは景色の方、物の方から自分へ向ってやってきていて、
そこから全く動いていない。意識はこの身体に閉じ込められないから、
いつも今居る場所が原点、起点そして終点。
景色の方が現われて、動いている。

それでも意識と身体が映像にしっかりと溶け込んでいるから
これほどまでにリアルに、自分が目的地に向かっているように感じる。
すごい。ほんとうにすごい。
だからこの場合知らない土地であろうが何だろうが、
自然と今いる場所の自分が、目的地に到着している自分を
しっかりと鮮明に意識できているのだとおもう。
そのおかげで 景色の方からこっちに向かって来てくれる。
現に、何か考え事をして歩くようなものならばとことん迷ったりする。笑

行きたいところがあれば、確実に到着できる。
ということは、
知りたいことがあれば、確実に知ることができる。
目に見えない内面を手探りしながら読み解くことが大好きな私とって
これほどに素晴らしい才能はあるのか?近頃はそう感じるようになってきた。
自慢にはならない気もするし、微妙な特技。けれど
私の好きを追いかける為にはあってとても助かるもの。だと思える!

自分の特技、才能は
あまりに自然すぎて自分ではなかなか気づけない。
何一つ考えずにもできてしまうこと。ひとりでにやっていること。
それは一つ限りではないし沢山あるかもしれない。
それこそが、持って生まれた才能。

教える才能、まとめ上手な才能、和ます才能、ポジティブでいる才能、
ブレない才能、中立派の才能、真実を見極める才能・・・もっといろいろ。
何を取ってもそれは才能となる。
身体のどこかを使った何かでなくとも、
心の根っこの部分から湧き出てくる才能にも目を止めて欲しいと思う。

例えそれが、誰かに言わせれば頑固な部分だとか
曲がった部分と捉われるようなことでも見直して欲しい。
一定の角度からはそう見えても、必ず別の角度がある。
私たち目では、物事は正面からしか見えない。
けれど実際地球は360度。背中に広がる世界もある。
上からも下からも、好きな角度から見ればいい。

何にしても、自分が素敵だと思えればそこから変わる。
マイナスだと感じていることも、別の角度からも眺めてみると、
それは才能かもしれないし、思いもしなかった自分の良さに気が付ける。

普段の生活の何気ない瞬間にしあわせが隠れているように、
そんなの出来てもどうにもならないでしょう。と、
今まで通り過ぎてきたことが持って生まれた宝物だったりする。
ほんとうに見つけたいことこそ、
すごく近くにあるという秘密を知る人はあまり居ないのかもしれない。

内面に触れていて日々強く思うことがある。
誰もがみんな目に見える才能を活かすわけではない。
形のある才能だけでもない。
見える世界に働きかけるものと、見えない世界に働きかけるもの、
持ちつ持たれつ完璧なバランスとなっている。
目に見える才能を探しても、見つからないときは
内側に問いてみてください。
上手く言葉で説明できないけど、とか微妙な特技だけど。くらいの物こそが、
その人の光れる場所なのだと私は思う。