次は何をみようか?

余裕をもって静観することが難しい記憶。
簡単に手放すことができないと感じていること。
多くはないですが、 こころの中には
人ぞれぞれの楽しみづらい光景があると思います。

これはゲームで言うところのラストボスなのか。笑
手放しても手放しても変化を感じられないこともあります。
そんなときはまず、ラストボスと感じる敵のしっぽを
自分自身が、掴み続けていないか確認してみてください。

どんなに強敵に思えても、相手の実在はありません。
唯一無二の実在である意識(真我、真源)以外、
始まりがあるものには、必ず終わりがあります。

もう敵は居ないかもしれません。それは自分で確認する以外方法がありません。

【すべてが完璧であると確信のある場所】へと自分を戻すことで、
そもそも悩みそのものが、存在していなかったことがはっきと分かります。

悩み、苦しみと認識しているのは、実在のない考える心です。
考える心が恐れる記憶から、『それは苦しみだ』と判定しているだけです。
この『恐れ』は、苦しみと判断されたことでずっとそこから動けずに居るのです。

その認定をしているのは自分以外の誰でもありません。
この判断さえなければ、それはあるべきままの姿そのものです。
あるべきままの姿であるのならば、ひかりに戻ったと同じことです。

望むのであれば、どんな強敵もあるべきままの姿へと戻すことができます。
その正体が真実であるか無いかは自分でしか見破れません。

楽と生きるか、苦と生きるか。
そのすべては自分次第の判断です。

ある人はお金に対していつも不安を感じているとします。
面白いことに、その人が大金持ちか貧乏かは全く関係していません。
お金が増えても不安に思い、お金が減っても不安に思う。
どちらにしても不安です。

お金に対するネガティブな記憶を握ったまま目を閉じているので、
今はもう存在していない影にはいつまでたっても気づくことが出来ません。
そして金銭問題を次々と自分の世界へと映し続けてしまいます。

子供の頃からお金に不安を持った両親の姿を見てきた、
これまでのお金の失敗、どこかで見聞きした話、
もしくはこの人生ではない所から持ち続けている不安、
色々な要素はあるとおもいますが、不安の出所すべては記憶の落とす影です。

そして今尚、目の前で行き来するお金に対して自分自身で影を落とし続けてしまいます。
影を落とし続けるとは、無意識にもそれは苦しみだと判断し続けているということです。

お金そのものが苦手なわけでも認められないわけでもありません。
自分の内側にあるお金という物質に付けられた名札(観念)で苦しんでいるので、
新しくお金を手にしてもまた名札を付けてしまいます。
これではどんなにお金持ちでも、お金の持つ真の豊かさに触れられません。

これを自分の人生に背負ったカルマとして、続けるのも有りです。
宇宙はすべてを許します。
それと同じく、もうすべて終わりにして前に進むこともできます。

その人にとって、お金は〈問題を引き起こす物〉として観続けられてきました。
自分の観るまま、問題となったり苦悩を感じてきました。

ではもうこれで完了です。観たままに、成ったので終了です。
投げたボールはもう戻ってきたのです。
じゃあ次に何を見たいのか。重要なのはこれだけです。

宇宙はいつでもこの瞬間が始まりです。
これまでの記憶を大切に持ち歩く必要はありません。
本当に必要な記憶は、私たちが管理することなく自然に残り続けます。

観たままに、成った。投げたボールが戻ってきた、
この時点で話を終わりにして大丈夫です。

どんな物語でも本人が語ろうとしない限り話は続きません。
あるところに貧乏でも心の美しい女性がいて、王子に出会って幸せになりました。
本人が話を語り続けない限り物語はここで終わりです。

もし語るのならば、
お金に対しての不安から王子に逃げられ貧乏に舞い戻ったと続けるよりも、
新しく観たい物語へと話を描き換えればいいのです。

今、目を開いてもうすべては終わったことを気づくことができるなら。
有限ではなく、無限の中に自分を解き放つのなら。

この瞬間から変わります。

この瞬間が変わることになれば、過去も未来も自然と描き換わります。
手放すのが難しいと言いながらずっと同じ場所に居ることは無いのです。
カルマがどうか、親の想い、手放しなども要りません。
どんどん次に進むことが出来ます。

前にも書いたことですが、私たちは常に進化する生命です。

何を頑張らずにも、その辺にほっておいたってひとりでに成長してしまうのです。
サルが人間になったことからも分かるように、進化は止められません。
私はサルのままでいるとか自分では選べないのです。
私たちという生命は良くなる一方であって、悪くなることはありません。

目に見える場面だけ見れば悪くなってると感じても、
総合でみるとそれは必ず良くなっていく過程です。
このことを心底で理解してください。

いま手元に見えている景色だけで判断して、
これは悪くなっていると自分自身できめてしまう。
それこそが影を落とし続ける正体そのもの。
カルマと呼ばれる、自分の創り出した迷路に迷い込んだ状態です。

《思考のつくりだす迷路に思考が迷い込むこと》 と私は理解していますが、
宇宙が誰かに課すカルマなどは一切存在していません。
好きでやってるのであれば何も言えませんが、
これほど空虚なことはありません。どんどんお金の豊かさを楽しむと決めてください。

ここではお金を例えて話しましたが、
人生、健康、仕事、恋愛、すべてにおいて言えることです。
もしも強敵と感じている感情がどこかにあれば置き換えて触れてみてください。

物事とはおもしろいもので、
お気に入りのお菓子職人の作るケーキも、
食事を済ませた後のお腹いっぱいの状態ではおいしいとは感じません。
むしろ苦痛にさえ思えたりするのです。
どんなに素敵なものを持っていても、どんなに素晴らしい経験でも、
どんなに貴重な時間でも、その空間を見ているものが楽しめない限り、
味わってない事と同じとなります。

どんなに貴重な時間ですらも、不安から過ごせば楽しめないので、
その貴重な時間の中身は宙に浮いたまま過ぎてします。

人生もその通り、
不安から過ごすのも楽しみから過ごすのも、好きにできます。
すべてが終わってから気づくのもありですが、今気づくのもありです。
すべては自分次第の判断です。 どんな瞬間にもはじめられます。

望む全ての者が叡知の中にくつろげることを祈って。゚✽.。.:*・゚ ✽
今日の一日も、最愛のみなさまが笑顔でありますように!⸜( •ᴗ• )⸝ イエーイ!