自由と、尊重

私たちの住むこの世界は、とてもシンプルにできています。
思ったものがそのまま形になるからです。

一人ひとつの宇宙。
それぞれの好きなようにデザインできるキャンパス。
この世界は、みている者の心の中としっかりと繋がって描かれるとても素敵な空間です。

自分が確信をもって信じていることを基盤に
それぞれのな絵が描かれていきます。
ただ信じているだけではなく、
『確信をもって、一点の曇りもなく、信じていること。』が描かれていきます。

私は疑いなく信じているという表現が好きです。

宇宙と話せる人、天使や妖精が見える人、ドラゴンとお友達の人、
それぞれが、 な世界を見ています。
限界が無いのがこのキャンパスの特徴です。

日常の身近な例で挙げてみると、

お金は、使うとなくなると信じていれば、使う分のお金は無くなります。
もしも、お金は使えば増えると疑いなく信じていれば、
使ってもすぐに倍になって戻ってきます。

自分には才能は無い。そう疑いなく信じていれば、
与えられた素晴らしい才能があることを知らずに過ごします。
もしも、望むすべての分野に才能があることを疑いなく信じていれば、やることなすこと、
素晴らしい才能が力を貸してくれます。

それぞれ信じていることが、そのまま見える仕組みです。
このように、私たちの住むこの世界は本当はとてもシンプルです。
思ったものがそのまま形になるからです。

このことを聞いて、まさかそんな~と思うのも、
そうかもしれない。と思うものもどちらも良いです。❁◎

今までそうしたかったけど、信じられなかった世界に触れてみる。
今まで見たくないと思いながら信じてきたことに、疑問を持ってみる。

この出会いが最初の大きな一歩となって、
そこからは確実に観える世界は変わっていくからです。

認識が変わるとは、視野が広がることです。
信じてきたことを無理やり変える。とは全く違います。

今まで信じてきたことに加え新しい選択も見えた。ということです。
疑いながらでも、邪魔にはなりません(๑•᎑•๑)

便利なことに、もし新しい視野が心地よければ
自然と古い思い込みは上塗りされていきます。
わたしたちは、常に前進する生命だからです。
どんなときも、このことは信じて大丈夫なのです。

今日お話ししたいのは、 信じる心と疑う心に大きく左右されるこの世界で、
自由と尊重を持ってみるというお話です。

ある人にとって、りんごは薬だと曇りなく信じています。
もう一人にとって、りんごは毒だと曇りなく信じています。

水分が尽きた砂漠で彷徨うとき、りんごの木が目の前に現れました。
薬だと信じている人の目には、神の救いと映ります。
毒だと信じている人には、神の裏切りと映ります。

宇宙は、一人を救い、もう一人を救うことはできません。

選択が無いと思っているのは常に思考だけです。
宇宙がどんなに機会を与えたところで
思考に遮られて気づけないのであれば、助けることが出来ません。

これまで私たちは、正しいと習ってきたことを曇りなく信じて行動してきました。
それが自分にとっては居心地の悪いものだとしてもです。
自分の経験からではなく、何処かで《習ってきた》思考です。

「このりんごは、もしかすると自分を救うかもしれない。
毒だと信じてきたけれど、それは思い込みかもしれない。」

このことを問いた上で選ばないのであれば
後悔から自由です。否定から自由です。
自由を手にした終わりと、
自由のない終わりでは意味が違ってきます。
これだけで、自由という宝を魂に刻印できます。

それと同時に、もしもりんごの毒を疑う自由がその人にあったならば、
どこにも閉ざされていないので、神は必ず自分のことも救ってくれるだろうと確信できます。
その何歩か先に宇宙の用意した、
その人にとっての薬である「みかんの木 」 にたどり着くことが出来ます。

信じることとは、とても強いエネルギーです。
同じくして、疑うこともとても強いエネルギーです。
この対になったエネルギーは、想像しうるすべてを創造する力です。

ポジティブからネガティブまですべてです。
ひと呼吸の自由が、視野を広げることになり
人生のキャンパスに、
ほんとうに見たい絵を描く最初の一歩となるのです。

私たちの前には、いつも選択があることを知ってください。
これからの新たな地球で生きるにあたって、伝えたいことはこのことです。

今までそうしたかったけど、信じられなかった世界に触れてみる。
今まで見たくないと思いながら信じてきたことに、疑問を持ってみる。

それぞれが無意識に曇りなく信じているものが、この世界で言う現実となって現れます。
反対に、疑っているものは絶対に現れません。
これからの私たちにとても役立つことです。

これが良いと聞いたから買う。これが悪いと聞いたから捨てる。
何気なく無意識に選んでることは、たくさんあります。
その時に、ひと呼吸の自由です。

良いと聞いても買わない選択もあることを理解して買う。
悪いと聞いたけど良いかもしれない選択もあることを理解して捨てる。
同じ結果でも、選び方が違います。
どこかで教えてもらった選択ではなく、自分の目から選んだ選択です。
これが真の目からその手へ取るという生き方です。

真実を言えば、目に映る映像はいずれは去り行くもの。
選ぶ対象が正しいか誤りかはどうでも良いのです。
ここで私たちが選んでいるのは、物の善し悪しでなく、
「今か、過去か」この瞬間の生き方ではないでしょうか。

新たな視点から両方の可能性を認めた上で、
これが良いか悪いかわからない。けど自分はこっちが好きだからこっち ( 。•◡•。)
そこに自由と、尊重があります。
これこそが、これから私たちの向かう時代です。

どんなことにおいても、選択がないと思っているのは、
思考だけであることを忘れないで下さい。

例えどこかで見聞きした尤もらしい話でも、それが自分の正解かは分かりません。
見かけでは皆が同じ空間にあるように見えても、
全く別の世界を見ている私たちの間には、
これが絶対に本当。これが絶対に良い。ということはあり得ません。

ほんとうに観たいものを選ぶひと呼吸の自由、それがみんなにあります。

人生は苦労すると信じていれば、苦労続きです。
人生はとても楽でシンプルと疑いなく信じていれば楽に生きていけます。
私たちの住むこの世界は、本当はとてもシンプルにできています。
これまでは、思考と記憶を使って複雑に見ながら、地球の光と闇を深く経験してきました。
経験が満を期して、これからの私たちは原点にあるシンプルへと戻っていきます。

自由と、尊重の時代へ向かう一歩を今この瞬間から意識してみてください。
何はともあれ、すべてがうまく進んでいます。今日の一日をありがとう(◎´◡`◎)