好きを追いかける

私がここで書いている
『今を楽しむ。この瞬間を幸せでいる。』“楽しむこと幸せでいること”とは
私たちのこころの内側に向けた言葉、そして祈りです。

まったく頑張らないことを表した『楽しむ。』
どこへも気を張り巡らしていない自由なこころの表現です。

「過ぎたこと。そしてこれから起きること。」
このどちらにも囚われずに居るということが
もうすでにに今を楽しめているということであって、

日々の生活を実りのあることにするとか
時間を有意義に使うという目に見えるキラキラした話ではなく、
『何をしなくても、何も持っていなくても、それで良い。
頑張らないそのままのあなたが、それで良い。』
❁◎
過ぎたこと・これからのことの、このどちらにも囚われていなければ
あなたはすでに本来の姿にあって、
しあわせ、よろこびの存在である以外何者でもありません。
姿かたち無いから写真にとることはできないけれど
どこよりも心地よい場所なはずです。

目に見えるキラキラしたことが出来なくても
本来の自分に戻ることには何の支障もないのです。
自分を信じるために目に見える何かを成し遂げることもないし
自分を信じるために無理に変わることもありません。

必要な時に、自分を信じるエネルギーが向こうからやってくるからです。

真源の心地よさにくつろぐことよりも強く、
物質の中へと幸せを求める者は自らそちらに向かうことでしょう。
自分にとっての心地よさが、今は物質世界にあるからです。
それぞれの目的、タイミングが違うので
真源の心地よさに触れることでこの両方が成されてしまうことはまだ知らされていません。

本来の姿である者、戻ろうとする者は、真源の中でくつろいでいるので
近く・もしくはすでに 、自然と両方 (非物質・物質世界) が成されていきます。
内面と外側の豊かさは比例するからです。
人生に必要なものが
ひとりでに揃っていく様子を観て
自分の中に元から、
すべてあったことを知っていくのです。
あとは好きな時に必要なものを出せばいいので即席で大丈夫。
前もって用意しなくてもうまく回るようになります。

このことからも分かるように、
今を楽しむ、この瞬間を幸せでいることはほんとうは地球いち簡単なことです。
だってくつろぐだけで何もしないのです。笑
そして同時に、簡単なことだからこそ難しいのかもしれません。
これまでは過去や未来のこころの行き来にとても忙しくしていましたから、
何かすることが日常になってしまった私たちは
心をじっと今に置いておくことにまだ慣れていません。

わたしたちの多くは大人から、「周りの人に合わせるように。」教えてもらいました。
そのためには、頑張らなくてはなりません。
自分の本当にしたいことをする時は素なので簡単ですが、
周りに合わせなくてはならない時には頑張るほかありません。

「心の中の声は聞かないように・もっと外の声を聞くように。」
教えてもらったことを守りながら生きてきました。
自分の好きなこと知るとか・楽しむ余裕はなかったのです。

頑張って生きてきた。というこれまでの経験からも分かるように、
私たちはとても簡単なことを、あえて難しく仕立てて生きてきました。
成長のためにわざわざハードルを上げてきたのです。

これからは違います。
ハードルはすべて外してシンプルに生きていけます。
いままでハードな経験を十分してきたからこそ、
《それを続けても、やめてもいい。》これが選べるのです。

これは好きだな、これは苦手だな、
これはやってみたい、これはやりたくない。
みんな無二の個性(色)があって、素質(風合い)もみんなそれぞれが違います。
その色や風合いは、どれもとても素敵です。

けれど一度に全部の経験することは出来ないから、
この身体での人生では『この個性と・この素質。』を選んでこの地へ降りてきました。

ベージュ色と、新芽を思わせる風合い。
藍色と、堅く重い趣の風合い。
それぞれの組み合わせはその人だけのもつ宝物です。
宇宙があなたを見つける時にすぐわかるように選ばせてくれた
『あなただけの色と輝きをもつ宝石のような』ほんものの宝物です。

音楽でも洋服、食べ物なんかにおいても
流行という言葉が沸き起こる位みなで同じところへ向かいます。
もちろんそれで間違いありません。
全体意識で繋がっているわたしたちはタイトルを共有しています。
タイトルを共有とは、
「多くの人間が惹かれるほど高い数字(得点)が付く仕組み。」
というような表現が当てはまるかと思います。
高い得点のあるものが物質世界で売れ、認められ流行ります。
得点の少ないものが、どんなに「良い質」を持っていても。です。

高い得点のあるものほどお金もあります。
お金も得点も両方あればそれだけの大きな権力となり、
良い部分だけを切り取りした貼り絵で人々の心を動かし捉えることに、
とても長けています。これも又、これまでの地球の成す一つの技術でした。

例え舞台がそうであっても、私たちには自分の目で選ぶことができました。
それでも多くの真源のひとかけらは成長の過程のために、そうはしませんでした。
押さえつけられることでより高く上に上がるためです。

もちろん今までの舞台が今も尚その人にとっての最高で疑問もなく選べる人は
物質世界をこころから楽しめているので 花丸❁◎ です。その人にとっての正解です。

ですがここでは、今目に見える世界に疑問をもっている人、
これまで疑問を持ってきた人へ向けて話しているブログなのでそちらに要点を置き直します。

もしも自分の好みでない、ちょっと違うなと感じたり、
流行っているから何となく手に取ってしまうとしたら。
これからは、自分の個性と素質を活かして生きていく準備が出来ている証拠です。
その手を止めてみるのも一つのアイデアかもしれません。

そして数は少ないですが流行とは別の道を行く人。
これまでずっと自分の好きを追いかけ続けている人たちもいます。
むしろ自分の好きだけしか追いかけられないとも言えます。
その中にはこれまでとても生きにくかった人もいたと思うのです。
長い間、お役目ほんとうにご苦労様でした。

『自分の宝物を分かっている。そして大切にする。』
宇宙から見るとこれもとても立派なお役目です。

それでも地球の上ではとても少数派で
みんなの向かう得点の流れを逆らって進むのですから、
多かれ少なかれ向かい風を感じてきたことと思います。

これからはこの、『好きを追いかける。』
自分の宝物(個性・素質)を思い出す時代へとなだらかに移り変わり
少数派の得点も上がっていく一方です。生き易くなっていきます。

私もこれまで、自分がひどく不器用な人間だと思ってきました。
自分の宝物を分かっていたけれど、同時に自分の宝を認められずにいたからです。
私は本当に納得のいく好きなものにしか心動かされません。
よって何をするにも時間がかかります。納得いくまで探し続けるし
喜びや楽しみが見つけられないことを続けることもできません。

妥協ができないので、もっと柔軟性が欲しいと願っていたのですね。
他の宝物に憧れていたと表現させてください。
とくに外国で暮らすようになってからは、
周りがとても開放的な“風や雲”のように見えて自分が石のように感じるばかり。

そんなあるとき、石も、雲も、風も、花も、木々も。
それぞれのもつ素質でみな補い合っていることへの喜びが
自然に・そしてひとりでに、こころへ降りてきました。紛もない恩恵です。
宇宙が選ばせてくれた宝石なら、輝かせたほうが楽しいじゃないと思えました。

好きなものは好きでいいし
好きになれないものは好きにならないでいい。
その時は敬意を示してスルーする。
もちろん好きなものは好きでいいし
好きなのだから、思いっきり好きでいい。
シンプルなこころの計算式です。

本当に、それでよかったです。今となってははっきり言えます。
私のブログを読みに来てくださる方は、きっと私と同じこころ持ちでいる方です。
自分の好きなことをちゃんと突き詰めてこられた方と思います。
そうでなければ、ご縁あって繋がることはないからです。
宇宙が選ばせてくれた宝物を、これからも共に磨いていけたらと願っています。

これからの私たちは、あたらしいことだらけです。
今までは知らなかったことも多く、できなくて・分からなくて当然でした。
どこからともなく舞い込んでくる恩恵によって教えてもらうときが、
正に知るべき時。であり変わりはじめたサインです。
これからも《頑張らず楽な視点から》新しい認識へと少しずつ変えていくこと。がとても役立ちそうです。
身体をもったまま生まれ変わる、こんなに楽しいこと他にあるのかな。(◍•ᴗ•◍)

何はともあれ、まずは今日の一日をしあわせに過ごしましょう。

末筆ながら ・・・

望む者すべてが、あるべき姿に迷うことなく戻る過程を
この場所から共に祈らせてもらうこと、成長させてもらうことが私の今最もしたいこと、観たいことです。
この場を借りて、信愛なる読者のみなさまへあらためて愛と感謝を示させてください。(๑ᴖ◡ᴖ๑)